僚→香(大学生と高校生)





家を出たときは間違いなく晴れていた。それがどうしたことか。しっとりと濡れたアスファルトが独特の香りを放っている。
喫茶店の外に出るまで雨が降っていることに気が付かなかったのは、空が明るさと、雨粒の小ささのせいだろう。
ぱらぱらと微かに音を立てて地面に落ちる水滴。
その音が何かに似ていると思ったが、思い出せない。
喉元まで出かかっているのに閃けない独特の気持ち悪さで、無意識に唸っていたようだ。


「びっくりするじゃない!急に変な声出さないでよ」
「へ?僕ちんいつ喋ってた?」
「今よ、今。たった今!」


自覚はないが、香が言うならそうなのだろう。
今度は自覚を持って、深く唸った。ううむ。


「ほら、また」


こちらは真剣に頭を悩ませているというのに、そんなに楽しげに笑われると困ってしまう。


「なに?どうしたの?」
「いや、さ。この雨の音がなんかに似てる気がして」
「雨の音が?」


ごくごく小さな雨粒は、止むでもなく勢いを増すでもなく降り続いている。
ぱらぱら。ぱらぱら。ぱらぱら。
傘を少し上げて、香がこちらを覗き込んだ。


「わかった。何かがはぜる音に似てるのよ」


ぱらぱら。
ぱちぱち。
あ、似てるかも。


「なるほど。じゃ、何がはぜる音だ?」


今度は香が唸った。ううん。
セーラー服の裾をぴらぴらさせて水溜まりを避ける。その足取りはまるで踊っているようだ。
ぱらぱら。ぴらぴら。ぱらぱら。


(…惜しい。もうちょっとで中身が見えたのに)


「あ!」
「なっ、なんだよ!?」


不埒なことを考えているときに大声を出されたものだから、驚いて傘の柄を放してしまう。慌てて握り直した。


「あれよあれ!夏の風物詩っていうか…」
「あー!」


細いこよりの先ではぜる小さな火の玉が思い浮かんだ。火花を飛ばすときに出るぱちぱちという音は、確かに似ているかもしれない。


「線香花…」
「綿菓子!」


瞳をキラキラさせて声を弾ませる幼なじみ。その発想は全くの想定外だった。


「ざらめがはぜる音にそっくりじゃない!ほら」


傘を叩く雨の音は、相変わらず、ぱらぱら、ぱらぱら、ぱらぱら。


「…ほんっと、色気より食い気だね。香ちゃん」
「なによー。いいでしょー。悪い!?」
「べっつにぃ」
「あ〜、綿菓子食べたくなってきたー」


なんたるマイペース!だが、口に浮かんだのは苦笑いではなく、してやったりの笑み。


「じゃ、」


夏祭りを一緒にいかが?



誘う口実になればなんだってかまうもんか。








 

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