窓際に座った黒髪越しに、少しクセのある茶色い髪の毛がちらりとのぞいた。
もう少し、せめて横顔だけでも見えないかと思わず爪先だって窓の中に目を凝らす。
見るからに長距離走行に向いた大型のバス。その中は身長も体型も人々で騒めいている。けれど標準女子よりも背が高い彼女の事だから、通路側の座席に座っていても顔くらい見えるだろうと思っていたのに、とんだ見当違いだった。


「見えんなあ」
「んん」
「もう電話しろよ。手っ取り早いだろ」
「ああ…どこ入れたっけ」


痺れを切らして最終手段に訴える。人の好い親友は現代人らしからぬことに携帯電話に重きを置かないタイプだから、ポケットに、バッグに、手を突っ込んで探ってもなかなか目当てを見つけられない。
まごまごしているうちに、エンジン音がひときわ大きく響き、目の前でゆっくりとタイヤが周り始めた。


「おい、出ちまうぞ槇ちゃん!」
「なに!?ちょ、待て待て待て!!!」


タイヤは回転数を増してスピードに乗り始める。ようやく見えた笑顔がみるみる遠ざかるのを呆然と見送った。


「香ーッ!!!」


伸ばした手が空を切る。兄の哀しい叫びに耳をかすことなく、バスは小さくなって、消えた。


「…槇ちゃん」
「うう…かおり…」


うなだれた2人を背後から見守るもう1人が、そっと呟いた。


「旅行くらい、静かに見送ってやれんのか」


香と美樹を乗せ、バスは一路空港へ。
残された男たちに、周りの視線はどこまでも冷たかった。






『さよならなんてしたくない』

 

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