(槇ちゃんと僚のやり取りなので香ちゃんは出てきません)
「もしもし。どうした?…ああ、そうか。うん。それで…」
秀幸が電話に出てしまったから、話し相手を失って僚は手持ちぶさた。パーティー開きしたポテトチップスを口に入れて放り出したままだったマンガ雑誌のページをめくった。
カーペットの上にだらだらと寝そべった姿には緊張感のかけらもない。だが、耳だけはようくすまして秀幸の話し相手の様子をうかがう。
先ほど流れた着信メロディ、あれは確かに。
「…仕様がないな。8時までには帰ってくるんだぞ?なに、9時!?ダメだダメだ!女の子がそんな時間までうろちょろしたら危ないだろ!」
間違いない。相手は香だ。
少しでも声が聞こえないものかと耳をぴくぴくさせれば、気が散って手元のストーリーはすっかり置き去りだ。いんだよ!今はこっちが重要なの!!
「お願いって、お前…それでもなぁ…。…どうしても、かぁ?うーん…」
なんだなんだ?門限伸ばしてコールか?
香の声がちっとも聞こえてこないので、秀幸の言葉だけで内容を探る。変態チック?そんなの知らん。
「連れ?送ってもらえる?迷惑かかるだろうに」
連れって誰だよ。絵梨子くん…いや、まさかこないだの男じゃねぇだろうな?あの野郎!んな時間まで香を連れまわしてんじゃねぇよ!!
「…くっそ、羨ましい」
「…?」
我慢できずに小さく小さく本音を洩らす。何となく聞こえてしまったのか、秀幸が怪訝な顔でこちらを見たから慌てて雑誌に視線を落とした。
薄っぺらな努力が功を奏したのか、秀幸の注意はすぐに電話に戻る。
「…もう、仕方ないな。今回だけだぞ」
えー!槇ちゃん折れちまうの!?
過保護な秀幸も香のお願いには弱いらしい。嘆かわしいことに。
―ピッ
電源ボタンを押して、通話終了。まったくもうと呟きながらも何だか幸せそうに見える秀幸が憎い。
「槇ちゃん、それでいいのか!?」
「ん〜」
わなわなと物申してもやんわりスルーされた。
「香が帰って来ないなら、今のうちに洗濯物入れとかないと」
いやいやいやいや。どんだけかいがいしいんだ。甘すぎるぞ槇村!
愕然としながらも、どうにか香がさっさと帰ってくる流れに持っていけないかと、ベランダに出る秀幸のお尻にくっついて言葉を探す。
だがそんな考えは吹き飛んだ。
「槇村、いや香!それでいいのか!!?」
突然の叫び声に驚いた秀幸に慌てて部屋の中に押し込まれる。
「ば、お前は来るな」
そう言うのは当たり前。盲目的な愛で妹を包む兄なら言わずにいれないだろうが、見てしまったからには僚だって主張したい。
「なんで香のパンツとおまーのパンツ、一緒に干してんだよ!?」
パンティだけじゃなくブラジャーもキャミソールも。
思春期女子はパパとアニキの分とは別々に洗濯してって主張するもんじゃねえの?
頭の中は真っ白。明らかに面倒くさいなぁという秀幸の表情になど気がつかない。家族だから、とか小さいころから、とか、説明なんて耳に入るわけがない。
やがて、いきなり雷に打たれたように目を見開き、尋ねた。
「…まさか、取り込んで畳むのか?お前が」
「当たり前だろ」
ようやくコミュニケーションがとれた僚に、だからどっか行っといてくれないか?と言いたかったのに。
「槇村の馬鹿野郎!絶交だ!」
叫んで家を飛び出してしまったから、結局口にできたのは大きなため息だった。
『涙目の親友に正直引きました』