AH第307話より。




空に瞬く星の光も、都会の光の前では為す術もなくその存在をかき消される。よく晴れた夜なのに、空には小さな点すら見当たらい。カーテンが半開きになった窓から街の明かりをぼんやり見つめ、僚は火をつけた煙草を吸わないままに灰皿に押しつけた。

今日は本当に良い天気だった。
恋人の命が残り少ないと知った依頼人の、XYZ。急拵えではあったが、結婚式に相応しい天気だったのが幸運だった。
遠からず訪れる永遠の別れを知りながらも、幸せの涙を流しながら誓いの言葉を交わす花嫁と花婿の姿が、僚の脳裏に蘇る。

―俺たちの時は、雨だったのにな。

あの時も晴れていれば、お前は俺の隣にいたのかな。幾度となく繰り返した疑問の一つが頭をもたげる。
がむしゃらに走った雨道、消えていく体温、心臓を奪った者に対する狂暴な憎しみ。自分がなにも忘れていないことを思い知る。忘れるつもりもさらさらなかったが。

予期せぬ別れを経ても、香瑩の中の香は「幸せだった」と僚に言ってくれた。
今も昔も、僚を癒すのはいつだって彼女だった。知らず眉間によっていた皺が、ふっとのびる。

だけどな、香。
俺はお前がそう言ってくれる以上に、お前を幸せにしたかったんだよ。



ベッドに無造作に倒れ込み、目を閉じた。眠気はこない。
雲一つない空は、夜明けすらまだ遠い。










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(タイトル参考:PornoGraffitti/うたかた)
「もしも」を考えるのは馬鹿馬鹿しいと思いながら、それでもいろいろと考えちゃうもんだと思う。

 

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