「香ちゃんのスケベ」


頭を撫でられる心地良さに目を細めていたら不粋な声が沈黙を破った。
首を回して睨み付けてやろうかと思ったけれど、今の状況を脱する決意をするほどには腹が立たなかったから、口だけで応戦する。


「なんでよ」


そもそもあんたにスケベとか言われたくないし。
自分のことを棚に上げた不届者は、楽しくてたまらないという口調で言った。


「よく言うじゃん。髪が伸びるのが早いとスケベだって」


あたしの髪を軽く梳いていた僚の手は、今や盛大に頭を撫で回している。さっきまでとは違う感触もまた、心地がいいからなんにも言わない。
ほんとあっという間に伸びたよなぁ、なんてぼやく僚もまたその手を離す気配すらなく。

髪を切ったのは、何がなんでもこいつに着いて行くと決心したあの日。「シュガーボーイ」なんて懐かしい名前で呼ばれた日から、確かにそう時間は経っていない。
けど。


(変わったのは髪の長さだけじゃない)


「…なんか言ったか?」
「いいえなにも」


いつからかしら。
こんなふうに、2人で穏やかな時間を過ごすようになったのは。
こんなふうに、僚はあたしの髪を優しくもてあそんだりしてた?


「ふ」
「なにがおかしいのよ」
「香ちゃんのスケベ」


大きな手の気持ちよさにまいっているあたしを見透かされたようで、やっぱり怒るに怒れない。


「ふふ」


小憎たらしく男が笑った。










*****
(タイトル参考:シルヴィ・バルタン/あなたのとりこ)

 

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