世の中には知らない方がいいこともある。
けれど、それがわかるのはいつだって知ってしまった後なのだ。


「ねぇミック。ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだいカオリ。なんでも聞いてくれよ」
「シュガーボーイって、どういう意味なの?」


微妙に引きつった表情に嫌な予感がしたけれど、後の祭り。


**


アパートの階段を駆け上り、玄関が開ききるのも待ちきれず叫ぶ。


「僚ーーーーーーーー!!!」


リビングで呑気にアイスを頬張って居た相棒は、あたしの剣幕に心底驚いたという顔で固まっている。
溶けたアイスが棒をつたってソファに跡を残すまでじっとりと睨みつけた。
…間抜け面が癪にさわるわ。


「あんた、ほんとなんっっってヤツなの」
「なんのことだかさっぱりわからんのだけど…?」
「昔、人のことシュガーボーイっていったわよね?」
「んあ。そうだっけ」


どごん。

高い鼻の先をかすめて床に叩きつけたハンマーから、煙りが立ち昇る。
訳がわからないまま青ざめた僚の目をヒタリと見つめて繰り返した。


「言ったわよね?」 「はい!僕ちゃん確かに言いました!」
「こンの、だぁーほッ!!!!」


ずどん!

引きつった笑顔を浮かべた顔面に、今度こそハンマーを叩きつけた。
しかし、白目を剥いて悶絶する姿を見てもちっともスッキリしやしない。


「…ひどい…かおりん」
「酷いのはどっち!よくもシュガーボーイなんて言ったわね!」
「だぁーかーらぁ!それがなんだっつうの!」
「ミックに聞いたのよ…男娼って意味なんでしょう!」
「は…?」


ポカーンと見つめるんじゃない!こんちくしょう!
第一印象こそ最悪だったものの、こちらは初めて出会った頃から惹かれていたというのに、あろうことか相手には春を売る人間と思われていたなんて。
あの時のやりとりのどの部分でそう思われたのだろう。
まったく、腹立たしいにもほどがある!


「あんたが言葉の意味も知らずにいうわけないものね?」
「えっと、いやまぁ…」
「最っっっ低」


僚に憧れていた、高校生の自分が可哀想だ。
改めて沸々と湧き上がる怒りにまかせて、ハンマーの柄を握り直した。
が、しかし。


「おまーなぁ…」
「った!なにすんのよ!?」


ハンマーを振りかぶる前に腕を掴まれてしまう。


「離せこの!」
「やだね。痛いのやだもん」
「このヤロー!!!」


ちゅ。

ちゅ?
状況が理解できないあたしを、苦笑いで見下ろしている。


「あのなぁ、キスしたくらいで真っ赤になるような困ったちゃんを、淫売扱いすると思う?」
「〜!…!…!!!」
「言葉の意味はひとつじゃないんだぜ、香」


ぽん、と頭を叩かれて、そのまま床にへたり込んだ。


「…じゃあ、どういう意味なのよ?」
「さ〜あねえ〜」


悔し紛れに捻り出した質問もあっさりはぐらかされてしまう。完敗、じゃないの…!
立ち去ろうとする大きな背中を恨めしげに見つめると、急に振り向かれて面食らった。


「な、なに」


にやり。


「ごっそさん」



…もうなんなのアイツ。
既に戦闘不能の相手にしっかりトドメを刺すあたり、やはり一流のハンターなのかもしれない。










*****
(タイトル参考:ユニコーン/suger boy)
ふと思い立って「suger boy」の意味を調べたら、ツバメとか男娼とか、まぁそんな意味合いと知って、びっくりして書きました。

 

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