※僚ちゃんと香ちゃんの立場が逆転したパラレルです。
改札へ向かう人の流れに逆らい、出口を目指す。
込み合った構内を抜けると、明るい日差しが降り注ぐ。外出にはもってこいの天気だが、掲示板に目当てのメッセージがなかった以上、街中に留まる理由はない。依頼が途切れて早一月、娯楽にさく資金などとっくの昔に尽きている。
僚は、長い腕を空に伸ばし、ぐいと背伸びをして、自宅へと歩き始めた。
(というか、食費の捻出も難しいんだよなー)
エンゲル係数を上げて家計を圧迫している自覚があるから誰にも文句は言えない。
足元に落ちた瓶の蓋を硬貨に見間違えるあたり、だいぶ参っているようだ。もう何というか、笑えてくる。
「…ん?」
ふいに、聞き慣れた声が耳を掠めた。瓶の蓋に騙されて立ち止まった路地の先から、響いてくる女性の声に無意識に耳をすまし、にじりよれば、だんだんと会話がクリアに聞こえてきた。
そして気がつけば駆け足。
「―香っ!!!」
「僚?!」
力いっぱい腕を掴んだせいか、振り向いた香の顔は笑顔とは程遠い。
僚を見て驚きに目を見開いたのは一瞬で、すぐにふてくされたように唇をとがらせた。
(てゆか舌打ちしただろ!)
パートナーの冷たい態度に挫けそうになりながらも、今の今まで香と話していた若い男をじろりと睨み付けた。
ポカンと開いた口が何とも間抜けだ。
「これ、ぼくちんのだからさぁ」
他あたってくれない?
と、言い切る前に、表情を凍りつかせた男が雑踏へ消えていった。うん、状況を読んだフットワークの軽さだけはほめてやる。軽い男には必須のスキルだ。
「ちょっと!なにしてくれてんのよ!!」
ぺちゃ!
怒鳴り声と巨大なハンマーが僚に襲いかかった。悲鳴をあげる隙もない。
「せっっっかくいいカモ見つけたと思ったのに…邪魔しないでくれる?!」
「…カオリン…口が悪い…」
「う・る・さ・い!」
叩きつけたハンマーをぐりぐりと体にめり込まされ、ぐぇぇと情けない声が漏れる。
しかしこのくらいの暴力で引き下がるほど打たれ弱い僚ではない。
「なっ…ナンパに着いて行くのは禁止っつっただろ!」
「だってお腹すいたんだもん。家にいてもロクなものないし」
ぐりぐりぐり。
「っぐ…!…ツケにしちゃっていいから、キャッツとかさぁ」
「そんな何度も何度もツケでなんてお願いできますか。いーじゃない、その辺のおにーさんにおごってもらうくらい」
不毛な会話だ。パートナーを組んでから、何度このいい争いをしたことだろう。
…つまりは、パートナーを組んでから幾度となく金欠に陥ったということなのだけど。
「あー…。兄貴はあたしを飢えさせたりしなかったのに…」
「!槇ちゃん出すなんてズルいぞ!」
「あんたが男の依頼勝手に断るからでしょーが!」
どごん!!!
本日最大の衝撃が僚を襲った。
もはや声も出ない。
気が遠くなる中で、やけにはっきり聞こえた呟きが心に刺さる。
「助手のくせに生意気な…」
新宿は、今日も平和だ。
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プロのスイーパー→香ちゃん
その助手→僚ちゃん
香ちゃんは銃の扱いもハンマーの扱いもプロなんだぜ!
僚ちゃんがいいとこナシな設定(笑)
ちなみに、この僚ちゃんが男の人の依頼を断るのは、
依頼人が香ちゃんにほれるのを防ぐため。
そして毎回しかられるといい。